北欧労働運動懇談会
2005.2.22
 
スウェーデンでは完全雇用と福祉の組み合わせで元気な社会
 
北海道大学 宮本 太郎 教授
 
 スウェーデンの印象は「福祉に関してはよくやってるが、負担も重いのではないか。老人は施設中心で自殺率も高いのではないか」など、「うまくいってる」にしても、あまりにも条件が違いすぎるの感があるかもしれない。
 人口でも日本は1億2千万、スウェーデンは900万あまりだ。見習う対象になりにくいとの考えもあるかもしれない。その全てが間違いとは思わないが、誤解も多いのではないか。
 しかし、スウェーデンと日本の比較では、社会保障給付のGDP比では、確かにスウェーデンが倍以上になっているが、GDPの成長面では日本がマイナスで、スウェーデンはプラスになっている。国民負担率(社会保障と税負担)は5割を超えたら国民経済は破綻すると言われているが、日本の国民負担率は28%で、スウェーデンは51%。確かに負担はスウェーデンが重そうだが、GDP成長率は立場が逆だ。
 実は、よく言われる潜在的国民負担率(年度ごとの赤字負債も含めた負担率)を加味すると、負担率は接近する。国民負担率の議論で見落とされるのは、リターン部分(給付)だろう。スウェーデンで暮らしたときに子供が小学校に通っていたが、ほんとにお金がかからなかった。朝ご飯も学校で食べていた。親も一緒に食べていた。入学式の時も手に持ちきれないほどのノート・鉛筆を抱えてきた。いまわが国の少子化を考えたとき、国立大学で一人が卒業するまで2,000万もかかる。私立大学では、6,000万円とも言われている。これらが子供を作るときに障壁になっていないか。社会保障でリターンがいくらになるかは、生涯設計で大事な問題。
 さっきの比較でみると、社会保障費と教育(スウェーデンは6.6% 日本は3.6%)を足したものを「リターン給付」として引いてみると、日本の方が結果としての国民負担率は大きくなる。どちらが余裕のある生活ができるかは明確だ。
                         

対 GDP 比率
  日本 スウェーデン
国民負担率(税と社会保障)    28.8    51.6
政府の財政収支    −5.5    +2.1
修正 国民負担率    32.2    49.5
     
社会保障給付    14.7    31.0
教育費     3.6     6.6
修正 純国民負担率    14.0    11.9
 
 さて、今日の話題の中心は労働運動。
 スウェーデンの労働運動の中心はLO(スウェーデン労働総同盟)で、組織数は192万人、組織率はブルーカラーで83%、ホワイトカラーで79%と高い。なぜ、このような高い組織率を前提に福祉国家作りを進め、高負担だが元気な国家、国民負担の実質も低い国家ができたか知るべきだろう。先日のスマトラ地震でスウェーデンから2万人が休暇で南アジアに行っていたため、津波で3,000人が行方不明になった。今回は悲劇的になってしまったが、900万人の国民の2万人がクリスマス休暇を南アジアで過ごすと言うことは、まさに余裕の表れではないか。
 
 スウェーデンの労働運動の福祉国家作りで、重要な戦略的基盤は「レン・メードナーモデル」といわれ、これはLOの調査部にいた経済学者のことで、労働組合の調査部は労働運動だけでなく、国家の福祉方針の骨格方針にも影響を及ぼしていた。
 このモデルは、縦に企業の利潤率をとり、横に企業の規模を考えた図をもとに考えると、非常に単純な発想だがよくわかる。
 スウェーデンでは連帯的賃金政策(同一労働同一賃金に近い政策)で、56年から労使の中央交渉で全国の一律の賃金水準を決定し、その後企業毎の積み上げが行われてきた。従って、利潤率が高い企業も低い企業もほぼ同じ賃金水準となってきた。
 この結果、利潤率が低い企業は倒産するしかなくなる。日本の自民党の場合はこの倒産すべき企業を公共事業や保護・規制で救済してきたことになる。
 スウェーデンの場合はグローバル化のなかで生き残るため、競争力のないところを抱え込まず、倒産整理させてきた。しかし、倒産整理される企業の労働者が路頭に迷わないよう、積極的労働市場政策で、労働市場をより収益率の良い企業に移転させていくことをめざした。その結果、産業構造の高度化の維持と、市場競争の原理が並び立つことになった。
 ここで大事なことは、積極的労働市場政策である。消極的労働市場政策とは失業手当等の給付のことで、積極的労働市場政策とは職業訓練など、労働者の能力アップに比重を置くものだ。
 これに関連する財政支出をみると、スウェーデンではGDPの2〜3%であるのに対し、日本は一桁違う。0.28%ぐらいだ。
 日本の場合は利潤率にあったかたちで賃金率も設定される。従って企業規模で賃金率は違ってしまう。スウェーデンではあえて協定賃金で大企業に有利な賃金水準をつくる。これは、労働運動が、企業の国際競争力を維持できる環境をつくることになる。そして、その結果生まれる利潤は、企業の設備投資と社会福祉財源にまわすことにした。
 スウェーデンの場合、社会福祉財源で一番大きいのは、雇用主の負担する30数%(ペイロールタックス)となっている。
 
 福祉の使い方も重要な要素で、積極的労働市場政策によって失業者が少ない社会だから、福祉は「失業者などの困窮者を救うもの」ではない。経済的に自立する国民が、労働に影響を受ける事態(子供や転職・スキルアップ)に対処するためにある。
 たとえば育児休暇期間では、360日間にわたり現職の8割支給されるし、それから450日まで別に定額支給がある。その結果、スウェーデンでは働いていないと子供を産みにくいということになる。なぜなら、子供を育てるのにかかる費用である育児休暇手当が、労働賃金にリンクするのだから、少なくても子供を産む前に労働していなければならない。この制度が労働市場に参加を促す。スウェーデンでは30歳の半ばから子供を産む。それまで労働して賃金の上昇を見計らってから生むことになる。
 この結果合計特殊出生率は一時2%を超えていたが、いまは1.8くらいだ。
 このように、国民みんなが元気に働けるような福祉制度を作っていく。
 
 もう一つは生涯教育に振り向けられている。日本ではフリーター・ニートなどがあり、職業教育がストップすると労働市場に参入できなくなる。しかし、自分に向いた職業が何かをつかんでくるのは20代半ばだろう。そのときにスキルアップできるチャンスがないのが日本だが、スウェーデンでは学習サークルが様々に開設され、その活動費の75%は自治体から支出されている。900万人の国に33万のサークルがある。コンピューター技術もこのようなサークルで身につけられ、世界でも一番ネットにつながっている国民でもある。国際競争力でもアメリカを超える格付けになっている。
 スウェーデンでは完全雇用と福祉の組み合わせで、労働のやる気と能力アップの社会政策となっている。
 
 しかし何から何までうまくいっているわけではない。国内では妥協したスウェーデンの大企業も、EU統合で国外で活動することになってきたが、今その企業は迷っている。
 それはスウェーデン国内のように優秀な技能を持った労働者が集まることは企業にとっても良いことだが、それを必要としない分野の仕事では、コスト面で海外進出が進むことになる。
 また、利潤の低い企業から高い企業への労働移動についても、ハイテク化などで人員がそれほどいらなくなっていく社会においては、流動がスムーズでなくなってきている。
 その対策として、いままでは、余剰労働、特に女性は公務員にしてきた。その結果労働人口の3人に1人は公務員になっている。
 労働運動が大胆な発想で社会政策を変えてきた結果、老人の自殺率でも日本よりずっと低くなっている。そのような国作りに成功してきたことを知ってほしい。
 
グローバルな労働運動が今必要だ!新自由主義に対抗する勢力を構築しよう
 
スウェーデン シンクタンク 「アゴラ」 研究員 I. リンドベルグ  (Ingemar Lindberg)
                          (元 スウェーデン労働総同盟 社会政策担当)
 
 この会議に招待いただき感謝する。この機会に議論してお互いに学び合いたい。
 宮本先生が基本的なことは説明してくれたと思う。皆さんが聞きたいことは、スウェーデンの仕組みが維持可能なのか、あるいは今現在は崩壊に向かっているのかだと思う。
 非常に高い税率と行き渡った福祉、高い組織率の状況下で維持が可能なのかだろう。一方、ヨーロッパにおいては、EU統合の結果、労働条件や社会保障の平準化が進んでいるのではないのか、その平準化はより低いとこに向かっているのではないのかなどの疑問だろうと思う。
 私自身の答えは、躊躇しながらも積極的で楽観的だ。現在までのところ、低い水準での平準化は現在までのところ出ていない。税金が引き下げられ、福祉が引き下げられているのは、元々低い水準のアングロサクソンの国でのことだ。
 労働組合の組織率でも平準化は進んでいない。労働組合の組織率について一般的な過去20年の傾向は、組織率が下がっているところは元々低いところだ。フィンランドにおいては組織率が上がっている。このことは、スウェーデンのみが典型例ではなく一つの可能性の例としてみていただきたいことにつながる。
 例えばアメリカのシステムは低い税金で、4千万人の医療保険除外者がいる。その一方でスウェーデンのようなシステムがあり、その他にも世界中には様々なシステムはある。このように選択肢の幅は広く、労働組合がどのような国をつくるのかの選択肢も幅があるはずだ。
 
 今の社会には二つの挑戦がある。
 一つは、新自由主義の圧倒的な強さである。民営化・規制緩和と結びついている。
 二つめは、生産の組織システムの変化であり、グローバリゼイション(地球規模化)、および、周辺化と結びついている。
 
 まず二つめから話したい。
 われわれが今目撃しているのは、支配的であったシステムの地球的規模での変化である。従来までのものは国家を基盤として、大規模なフォード的なやり方であって、生産の単位は一つの場所(国家)に集約されていた。
 いま、そのようなシステムから国家を超えたシステムに変わりつつある。
 この世界的なネットワークのなかでは、生産の場所がお互いに競合している。それをふまえると、労働組合の基本的な任務は、保険会社のような活動や個人の利益を雇用主に交渉することではない。基本的な役割は労働者間の約束事を決めること、低い条件では仕事をしないという約束のことだ。生産のあり方が変わると約束のあり方も変わる。
 たとえば、ある人が失業しても、より低い賃金で他の人の仕事をとらないという約束である。
 スウェーデンで確立されたシステムは、この約束事を国レベルでやっていることだ。
 日本には日本のシステムがあるだろう。しかし約束事の内容は変わらないはずだ。
 スウェーデンの労働運動の最大の挑戦は、生産システムが国境を越えることになったことに起因する。スウェーデンは小さい国で、輸出主導型の開かれた国だ。スウェーデンの労働組合は、現在まで、高い組織率を維持し、低位平準化に対抗して比較的うまくやっているが、その第1の理由は、中央においても地方においても労働組合が強い力を持っていることだ。労働条件・賃金条件の交渉は国レベルで交渉されているし、職場においても強い存在感を発揮している。
 大陸(ヨーロッパ)では、職場に必ず労働者評議会があるが、スウェーデンでは労働組合が代表を出している。
 スウェーデンで組織率の維持に妨げとなっているのは民間企業においてであり、小さなレストランやホテルなどの民間部門においてだ。
 まとめると、直面している大きな変化は生産のあり方が変化していることにあり、労働組合の答えは、国のレベルで考えるものであり、それによって組織率を維持しようとすることにある。
 しかし、良い答えであると思うが十分ではない。今、確立すべきは国境を越えた国際労働運動の確立である。今日、私はこの点を議論したい。
 日本は多くの国境を越えた企業を持ち、スウェーデンも持っている。今必要としているのはそれに対抗する国境を超えた労働組合の結びつき、団体をつくることで、そこには多くの国を巻き込んで、中小企業も巻き込み、その団体が共通の交渉を行うべきである。この話はスウェーデンでも始まったばかりであり、日本の現状を話してほしい。
 
もう一つの話、新自由主義について、その帰結は民営化・規制緩和につながる。
 新自由主義のイデオロギーは70年代後半に広がり、スウェーデンでは80年代に伝わった。それは経営者や保守主義者が飛びついて取り上げた。かれらは、高負担福祉国家システムの変革を希望していた。
 新自由主義の大綱はスウェーデンでも大きな影響を与えた。こうした議論を受けて、経済学者やブルジョアメディアは普遍的な社会保障制度や大きな公共部門、高い税金は経済成長にとって否定的なものであり、廃止されるべきだと声を大きく上げた。
 政権党の社会民主党においても、この新自由主義の考え方は取り上げられた。特に大蔵省周辺でこの考えは気に入られたが、国民の大多数はこれを気に入らなかった。国民の選択は「医療・介護などの枠組みは維持する」ことにあった。
 その結果、新自由主義を好む保守派も、減税や福祉引き下げの政策を取りやめたが、新自由主義者だけが、相変わらず変革を求めた。社会民主党はむしろ増税を指向するようになった。
 確かに「民営化」は消費者には利益あることだろう。しかし、公共部門が実践的な仕事をうまくこなせば、国民の意思は必ずしも否定的にならない。全ての分野における民営化は好ましいものではない。
 このような「民営化圧力」に対しスウェーデンで自治体労組はおもしろい闘いをした。それは、賃金の10%カットに応じる代わり、自分たちの働き方の決定権を勝ち取ったことだ。その方が自分たちには利益があると考えたからだ。
 これらの闘いの交流も重要であり、今日のような機会を得られたことは非常に喜ばしい。