日米地位協定及び日米安保条約に関する意見書
   一九九五年九月二九日
   沖縄人権協会(理事長 福地曠昭)
   沖縄県憲法普及協議会(会長代行 金城睦)
 
    今回のアメリカ軍隊構成員による少女暴行事件について、私たちは、基地あるがゆえに起こった犯罪であり、決して、偶発的なものではないと考えます。
    これを機に、地位協定を根本的に見直し、それがいかに不平等、不合理なものであるか、そして安保条約そのものが、そもそも許されないものであるかを明らかにしたいと思います。
 
    はじめに
 
   一 基地とは、安保条約六条の「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」、日本政府がアメリカ合衆国に使用を許した土地もしくはその上に存する建物または公有水面のことで、これらの運営に必要な設備、備品及び定着物を含むものを指す。
    地位協定三条一項は、「合衆国は、施設、区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる」と規定し、広範かつ強大な基地管理権が米軍に与えられている。さらに、米軍は、基地外においても、基地に隣接する土地、「領水及び空間において……必要な措置を執る」ことができる(地位協定三条一項、二四条二項)として、「路線権」といわれる大幅な権限が認められている。
    米軍のこのような絶大な権限に対して、地位協定三条三項は、合衆国軍隊が使用している施設及び区域における米軍の行動につき、「公共の安全に妥当な考慮を払って行わなければならない」とし、基地の使用または路線権の行使にあたって、日本国民の「航海、航空、通信又は陸上交通を不必要に妨げるような方法」(地位協定三条二項)をとらない、と規定している。国民の人権保障に配慮したかたちにはなっているが、しかし、現実には強大な基地権力の前には無力となっている。
    また、地位協定上は、基地の具体的な解用目的は何ら限定されていない。戦闘作戦行動、兵站、補給いずれの目的で使用されてもよく、日本の領土ながらわれわれ国民が全く関与できない。ただ、(交換公文のうえで)米軍の配備または装備について重要な変更がある場合や戦闘作戦行動のため基地を使用する場合、米軍は日本国政府と「事前協議」を行わなければならないとなっているに過ぎない。しかしそれさえも、充分機能していないことは、国是となっている「非核三原則」が無視されていることからも明らかなとおりである。
   二 米軍基地の存在を認める主な法的根拠は、日米安保条約と同条約六条に基づく米軍地位協定である。
    米軍の駐留と基地の存在及び米軍の行動を保障するものは、いわゆる安保体制といわれるもので、その法形式は日米安保条約と地位協定を中心として、関連国内法、日米両国政府の「協定」、「交換公文」、「議定書」、「合意議事録」、「往復書簡」などから成り立っている。
    日米両国政府の合意に基づくものであれば、その名称にかかわらず条約とかわらない効力を持ち、その内容が複雑であり、国内法との関連で一般国民が理解しにくいものとなっている。特に、その実際の運用にいたっては、条約だけでなく、無数の細目協定や契約があり、さらに日米合同委員会における合意事項等がある。
    これらの法規のなかには、日本政府が公表しないものも多く、国民はその存在さえ知らない。基地と隣合って生活している国民にとって人権保障上大きな壁となっている。
   三 米軍基地に関する法体系のうち、条約、国内関連法などについてはその内容、効力などを知ることができるが、それ以外の特に、日米合同委員会の合意議事録や合意事項についてはすべてが知らされているわけではない。基地の運用に重要な役割を果たしているだけに日米合同委員会での論議が広く国民に公開され、国民の監視のもとにおかれなければならない。
    日米合同委員会は地位協定二五条に基づいて設置されている。「この協定の実施に関して相互間の協議を必要とするすべての事項に関して」協議することができるとし、合意された事項については議事録を作成するが、両者が公表することを合意しない限り、その内容は公表されない。
    米軍人の犯罪につき、裁判権の所在について、「米軍人の公務中」か否かが大きな問題となる。「公務中」ならば第一次裁判権はアメリカ側に、「公務外」の場合なら日本側に存する。しかし「公務中」か否かの証明は「被疑者が所属する部隊の指揮官から提出される」ものとし、指揮官が「公務中」と証明すれば、反証の許されない「公務中」の犯罪となる取扱いである。
    これは地位協定や刑事特別法(地位協定の実施に伴う刑事特別法)に基づかないもので、日米合同委員会の合意事項が根拠となって運用されているのである。
    刑特法(一〇条、一三条)上、日本の捜査当局のなす基地内での捜査、逮捕につき、基地の権限ある者の同意を得れば可能であるとなっているのに対し、日米合同委員会の公式議事録によれば、それが後退したかたちとなっている。
    地位協定一三条三項とそれに基づく地方税法の臨時特例に関する法律によれば、基地内の米軍人軍属所有の不動産には固定資産税等を免除する定めがないのに、日米合同委員会は非課税として取扱うことを決め、地位協定と日本国内法である地方税法に反する処置をとっている。
    日米合同委員会は地位協定二五条と日本国外務省北米局長と在日米軍参謀長との間の合意を根拠に設置されているもので、あくまでも条約を実施するための協議機関にすぎない。そして、そこでの合意事項は国会や国民に対して公表されていない。このような合意内容を国民に強制することはその枠をこえ、不屈千万という他ない。
   四 国内の米国軍隊や基地の法的地位について、「治外法権」と評され、一般国内法の適用が否定されているとの指摘がある。しかし、これは法をこえた不当な現実の指摘ではあっても、法論理的には明らかに誤りである。地位協定一六条は、「日本国において、日本国の法令を尊重し、及びこの協定の精神に反する活動、特に政治的活動を慎むことは、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の義務である」と規定し、米軍構成員らに日本の法令を尊重する義務を課しているからである。
    国際法上、外国軍隊は特別の合意がない限り、駐留国の一般国内法令の適用を受けるものであり、地位協定も当然そのことを前提にしている。地位協定三条は広範な基地管理権を米軍にあたえてはいるが、日本政府はこの米軍の基地管理権行使のための何らかの立法措置をとる義務がある。それがとられていない以上、基地内への国内法の全面的な適用があるといわざるを得ない。火薬取締法や銃砲刀剣類所持等取締法などの適用が、当然のごとく排除されていると解してはならない。
   五 憲法は、主権の及ぶすべての範囲にその効力が及ぶ。そしてその遵守が要求される最高法規である。
    日本国民は恒久の平和を願い、日本国憲法を制定した。その前文と九条において、平和のうちに生存することを確認し、戦争を永久に放棄し、軍備を持たず、交戦権を否定した。
    日米安保条約に基づいて日本に駐留している米国軍隊は、戦争行為を遂行するものである。日米安保条約を締結することによって、われわれ日本国民は自らの安全と生存を米国軍隊の持つ軍事力にゆだねたことになる。日本国憲法はそのことを決して認めない。
    日米安保条約そのものの違憲性が問われ続けている。それを実施するための日米両国政府の措置が、国民生活と衝突することは避けられない。憲法が保障する基本的人権と衝突するからである。
 
    地位協定の内容
 
   1 基地の設定
 
    基地という名称は安保条約、地位協定にはない。「施設及び区域」という言葉が使われ、これは日本政府が憲法九条に配慮した結果といわれている。言葉がどうあれ、その実体が軍事基地であることに変わりはない。
 
   【全土基地方式】
    日本は安保条約六条により、米国に対し基地を提供する義務を負っている。地位協定二条一項は「個々の基地に関する協定は、合同委員会を通じて両政府が締結する」とだけ規定し、日本のどの地域を米軍基地として提供するのか、という重大なことについては何ら定めていない。結局、米軍に提供すべき施設及び区域は、「日本の安全」と「極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」という漠然とした目的のために、然も、その目的に合致するか否かは米軍の軍事的判断にゆだねられて設定される。
    施設・区域を特定する条文もないので、日本のすべての地域につき米軍基地が設定されうる仕組みとなっている。これを全土基地方式といい、諸国の地位協定にもあまり例をみないものとなっている。
 
   【関連国内法】
    合同委員会で提供することに決定された施設・区域は、日本政府の責任で米軍に提供されるが、当該施設・区域が国有財産の場合と民有地である場合とで、提供にいたる手続が違う。
    一般の国有財産管理については、国有財産法に定められ、それによれば、国が国有財産を他に貸す場合は有償が原則となっている。しかし、地位協定を受けて制定されている国有財産米軍特例法では、国は米軍に無償で使用させることができ、既に当該財産が他に貸しつけられている場合でも、それを一方的に解除して、米軍に貸与できるようになっている。国有財産は国民のものであるにもかかわらず、米軍へ提供することが第一次的となっている。
    当該施設・区域が民有地の場合は、その所有者から日本政府が所有権あるいは賃借権などの権利を取得しなければならない。その場合、所有者と日本政府との間で、任意契約が締結されることになるが、それができない時には、強制収用(使用)ができることになっている。そのために米軍用地収用特別措置法が制定されている。
    ここで注意を要するのは任意契約の内容である。通常の賃貸借であれば、所有権者は当該物件の使用につき条件をつけることができるが、米軍は当該土地をどのように使用しようとも自由で、それにつき所有者は一切文句が言えない形となっている。それどころか反対に、米軍基地に提供した所有権者は当該土地の譲渡を制限され、契約期間満了後解除を申し出ても認められない。
    次に、任意契約と強制収用との関係である。現在多くは任意契約により施設・区域が提供されているが、それは多くの所有者が自由に契約した結果ではない。おどしや懐柔に加え、最後には強制収用があることをほのめかし、任意契約を成立させたものである。
    米軍用地収用特措法は、土地収用法が準用されているが、両法律は、その目的とするところが異なっている。土地収用法は、道路、学校など公共事業のための土地収用手続を定めたものであり、この場合「公共事業」には日本国憲法のもとで軍事が含まれていない。それに対して米軍用地収用特措法は、軍事目的のための土地収用である。一九五一年、土地収用法改正に際し、土地収用の目的条項から「国防又は軍事に関する事業は、新憲法下では妥当ではない。」として削除された経緯があることを思いおこす必要がある。沖縄において何年かおきに定期的に土地の強制使用が問題となるが、その根拠が、この地位協定と米軍用地収用特措法にあることも注目されてよい。
 
   【基地の返還】
    地位協定二条三項は、米軍が基地を必要としなくなった場合は、日本に返還しなければならないこと、したがって基地の必要性につき、返還を目的としてたえず検討することを定めている。この点で遊休基地を返還するように私達は日本政府に強く要求していくことができるはずである。しかし実際には、それは米軍の判断のみによるものであり、また返還といっても自衛隊への肩代わりを目的とする場合が少なくない。
    また返還に際しては米国に当該施設・区域の回復や補償の義務を負わないことになっている(四条)。これをうけて、国有財産管理米軍特例法三条は、国有財産の返還の際、日本は米国に対し原状回復も、それに代わる補償も請求できないこととした。
    先に沖縄側の強い要求で成立した軍転特措法は、この点に関するものであり、地位協定の不法・不当性を国内法でカバーする特例法だといっていい。
 
   2 基地の維持
 
   【基地管理権】
    米国に対して日本の一定地域が軍事基地として提供される結果、米軍は当該地域がその機能を十分発揮できるよう管理・運営する権限、いわゆる基地管理権をもつ(三条一項)。
    日米両政府とも、基地が租借地ではないことを認めている。地位協定一六条では、米軍人等の日本法令尊重を義務づけている。とすれば地位協定三条に基づく基地管理権はたしかに「すべての措置」として広範囲にわたる権限行使を認めているが、原則的には日本法令に従って行使することが要請されている。それゆえ、米軍の権限行使が協定違反になった場合、あるいは不法な場合、その措置について協定等で特別の取決めがなければ、日本法令によりチェックされるべきである。したがって、本来ならば、日本政府はたとえば基地公害に対し適切な規制措置をとらなければならない。ところが日本政府は、米軍の基地管理権をもっぱら重視し、日本国民の生命の安全をはかるという第一義的任務を放棄しているのが現状である。
 
   【路線権】
    このような日本政府の従属的で自主性のない態度は、米軍の路線権についてもみられる。
 
   【出入国管理】
    在日米軍が基地内外において持つ管理権が支障なく行使されるためには、多方面にわたる日本側の援助が必要となる。軍事基地というのは、戦時、平時を問わず常に臨戦体制を設定して動いており、そのためには大量の物資・人員が、安く早く供給される必要がある。しかも自国の軍隊ではなく、外国の軍隊だから、軍隊の移動、それに伴う必要物資の調達などは、当然日本の主権と深くかかわる問題である。日本が主権国家として外国に対し行使する権限が、米国に対しては特殊に制限・無視されている。
    イ 米軍関係船舶・航空機等の出入国(五条)
    米軍関係船舶・航空機は入港料・着陸料を課せられることなく、日本の港・飛行場に出入できること(一項)、また基地、基地相互間及び基地と日本の港、飛行場との間の移動もできること(二項)、船舶が日本の港に入る場合には、適当な通告をすること、その船舶は強制水先を免除されること(三項)になっている。
    基地、基地相互間及び基地と日本の港、飛行場との間の出入、移動が自由であることを認められているものは、米軍関係船舶、航空機だけではない。米国所有の車両と米軍の構成員、軍属、その家族も同様の自由が認められ、米軍車両は、道路使用料その他の課徴金が免除されている。
    ロ 米軍人等の出入国(九条)
    米軍構成員(以下、軍人とする)、軍属、及びその家族の出入国についての規定である。
    まず九条の規定に服することを条件として、米軍人等が日本に入国することを認め、包括的に入国の権利を与えられ、そして軍人は、旅券・査証に関する日本法令の適用を免除されること、軍人、軍属、その家族は、外国人の登録・管理に関する日本法令の適用から除外される(二項)。
    この規定により、外国人が日本へ入国する際、受けなければならない種々の検査や在留活動の制限等を、米軍関係者は一切免除され、五条二項の日本国内の移動の自由とあわせて、自由な行動が保障されている。
    米軍基地や米軍関係者を通じてのけん銃や麻薬の密輸の事例等は、この米軍人・軍属・家族等の出入管理の問題と関連する。
 
   【物資の調達】
    イ 輸入物資に関する規程(一一条)
    米軍人、軍属、家族は日本の税関当局が執行する法令に服することを原則とし、二項以下で例外の場合を定める。しかしその例外規定は、広範囲にわたっており、結局条文の構成とは逆に、関税免除が原則となっている。
    二項では、米軍諸機関が、公用及び軍人、軍属、家族の使用のため輸入する資材、需品、備品は輸入が認められ、関税等が免除されることになっている。これをうけて「地位協定の実施に伴う関税等の臨時特例に関する法律」が、関税法三条の「輸入貨物には関税を課す」との原則に対して例外を定めている。
    また三項では、米軍人、軍属、その家族の私用に供される財産は、関税が課せられることになっているが、a最初に日本に到着した場合の私用財産、b私用車両、c軍事郵便局を通じて郵送される私用家庭用品は免除される。結局、私用品もその多くが免除となっている。
    特に軍事貨物は、関税免除に加えて、公私の別なく通関検査まで免除されている。このような制度は、さきに指摘した米軍人らの出入管理の問題とあわせて、米兵による基地への多量の麻薬持ち込みを許し、その結果基地内の米兵にとどまらず周辺地域住民の身体を急速にむしばんでいる。
    ロ 物資の国内調達(一二条)
    米軍は、その必要とする物資・労務を輸入によるだけでなく、日本国内でも調達しなければならない。米軍の必要とする物資がより安く、より速く調達されることの保障が一番の目的である。
    在日米軍が日本で供給されるべき必要品や工事について直接、自由に、供給者、工事者と契約できること、また日本政府を通じて調達することもできる。これにより、米軍の必要とする物資の国内供給については、米軍が自由に行いうるにとどまらず、日本政府が責任をもつ体制がつくられている。
    ハ 免税
    米軍の課税免除の特権は、その調達する物資だけに限定されない。更に広範囲にわたっている。
    地位協定一三条は、日本国内にある米軍の財産は課税が免除されること(一項)、在日米軍人、軍属、家族が米軍諸機関からうける所得については、日本の租税納付の義務はないこと(二項)、日本国内にある米軍人等の動産の保有、使用、移転についての日本の租税は免除されること(三項)となっている。
    広大な基地をかかえる地方自治体にとり、この免税措置は、財政収入激減となり、財政圧迫を招来している。
 
   【労務の調達】
    米軍基地には、多くの日本人労働者が働いている。ここには軍事最優先の方針をもって臨む米軍により、日本国憲法下で生活をしているはずの労働者の権利が侵害されている多くの事件が報告されている。
    イ 間接雇用制度
    地位協定一二条四項において、米軍及び米軍公認の諸機関の労務調達は、日本当局の援助をうけて行うことが定められている。
    日本政府が米軍に対して負っているこの労務提供義務そのものが問題である。提供すべき労務には、当然軍事目的のものまで含まれているのだから、日本国憲法下の政府がそのようなことをすることが許されるかである。
    ロ 日本政府の役割
    この間接雇用制度は日本政府が法律上の雇用主となり、米軍は日本政府の負う経費を補償するという仕組みになっている。労働者の権利、労働条件等は日本法令に従うことが明記されているが、現実はそうではない。紛争解決の足がかりとなるはずの労使間で結ぶ労働協約の調印には、米軍の合意が必要とされており、日本政府と労働者の二者のが団体交渉等を通じて労働条件を決定してゆく方式が実現していない。日本政府は米軍の合意という制限内で、労働者の要求を処理することになり、労働者側は、日本政府に要求をつきつけても解決にいたらない。
    労務管理は、日米両当事者が相互に合意に基づいて行うことが原則とされているが、実際は米軍が単独に行っている。労働者の指導、訓練は勿論のこと、雇用に際しても日本政府は法律上の雇用主として採用手続をすすめているが、採用決定権は米軍にある。
    ハ 保安解雇
    保安解雇は、米軍が保安上の危険があると判断して労働者を解雇することである。その基準とされているのは、a従業員が妨害行為もしくは諜報行為を行い軍機の保護に関する諸規則に違反し、またはそれらのための企画もしくは準備をなすこと、b従業員が米国側の保安に直接的に有害であると認められる政策を採用し、または支持する破壊的団体又は会の構成員であること、c従業員がaの諸活動に従事する者、またはbの団体・会の構成員と、米国側の保安上の利益に反して行動するとの結論を正当ならしめる程度まで常習的に密接に連繋することである。
    この保安解雇の基準そのものが、日本の労働法、日本国憲法一九条(思想・良心の自由)との関係で問題があり、地位協定一二条五項にも違反する。そして運用の実態は更に問題である。保安解雇に際し保安基準該当の理由が明らかにされない。保安基準に該当するか否かの判断はもっぱら米軍にある。
    ニ 基地管理権と労働者の権利
    間接雇用制度は米軍にとって、必要な労働力を確保し、それに伴う労務紛争は日本政府の責任とすることができる点で、都合の良いものである。
    米軍の労務管理権行使の根拠は、米軍の絶対的な基地管理権といわれる協定三条である。しかし同一二条五項には、労務管理は日本法令に伴うことが明記されているのであるから、三条の基地管理権の行使も、こと労務管理に関しては五項の制約をうける。したがって基地労働者がいかなる環境で働いているのか、労働条件はどうなのか等については、日本の労働基準局が日本の法令に基づいて監督する権利があり、基地労働者に対してその権限を行使する義務を負っている。
    しかし米軍側は、事件がおこるたびに偶発的事故として処理していく態度をうちだすだけであり、これに追従する日本政府の態度も問題である。
    またいわゆる労働三権も基地労働者に認められているはずであるが、現実には米軍の基地管理権のもとに無きに等しい状態になっている。
 
   【その他】
    以上のような基地運営に必要な物資・労務の国内外にわたる調達のあり方にとどまらず、軍事基地としての機能を果たすために、軍事・非軍事を問わず、国民の日常生活にかかわる無数のことが、米軍優先の下に行われている。
    イ 航空管理等に関する規定(六条)
    飛行機にしろ、電波にしろ、日本の空は日米両政府の管理下にあって、米軍の軍事判断がその要となっている。
    ロ 米軍の優先利用権
    米軍は、「日本政府が有し、管理し又は規制するすべての公益事業及び公共の役務を利用することができ、並びにその利用における優先権を享受する」とある。鉄道や電気、水など国民生活に不可欠なものについて、米軍はそのすべてに優先的利用権がある。
    ハ 気象業務の提供(八条)
    気象業務の内容を、日本政府は米軍に提供することが義務づけられている。
    ニ 自動車免許証(一〇条)
    米軍人、軍属、家族が持っている米国で発給された運転免許証は、有効なものとして日本政府が承認することになっている。
    ホ 軍事郵便局の設置(二一条)
    米軍は基地内に軍事郵便局を設置・運営でき、日本国内にあっても軍事郵便局は、郵政大臣の管轄には服さない。
    ヘ 米軍の安全確保(二三条)
    日米両国は、米軍及びその構成員の財産の安全を確保するため協力すること、更に日本政府は、「米国の設備、備品、財産、記録及び公務上の情報の十分な安全及び保護を確保するため、必要な立法を求め及び必要なその他の措置を執る」ことが定められている。
    ト 刑事特別法
    地位協定二三条をうけて地位協定の実施に伴う刑事特別法が制定され、基地に関して日本人が犯す罪について定めている。そこでは同じ行為であっても、米軍の財産・安全に対するものであるために、日本法令より重い刑罰に処せられる。これは米軍基地の保護が特に重要であると認められている結果であり、日本国民の権利に直接重大な影響を与えている特別法である。
    この刑事特別法は七つの罪を定めている。(1)施設・区域を侵す罪、(2)米軍が裁判権を行使する刑事事件に関する証拠を隠滅・偽造する罪、(3)米軍の軍事裁判における偽証の罪、(4)軍用物を損壊する罪、(5)米軍の機密を侵す罪、(6)(5)の罪の陰謀、教唆、せん動をする罪、(7)米軍人の制服を不当に着用する罪、となっていて、これらの罪の中でも特に問題となるのは、(5)(6)に掲げられている米軍機密保護の規定である。第一に、平和主義を柱とする日本国憲法下の法律に、軍事機密保護の規定が存在すること自体疑問である。第二に、その構成要件があいまいで、運用により国民の人権が不当に侵害される危険性が強い。実際、基地周辺で写真をとるだけでMPに連行されたり、あるいは商売熱心な軍人相手のクリーニング屋が、軍船舶の入港日を調べる行為が、この罪に該当するとされている。
 
   3 裁判権及び請求権
 
    地位協定は、基地が存在することから生ずる紛争について、一七条及び一八条において裁判権などの取決めをしている。一七条は、刑事裁判権と警察権について、一八条は、損害賠償請求権と民事裁判権について定めている。
 
   【刑事裁判権(一七条)】
    イ 裁判権
    日本は、米軍人などが日本の領土内で犯し、日本の法令によって処罰できる犯罪について裁判権をもつ(一項b)「米軍当局は米軍法に服するすべての者に対し、米国法令により与えられたすべての刑事・懲戒の裁判権を日本において行使する権利をもっている」(一項a)。「米軍法に服する者」の範囲については、合意議事録で合同委員会を通じて米国が日本政府に通知するとされ、合意事項として確認されたところによれば、米軍人、軍属、予備役・退役者、米軍に勤務・雇用され随伴するすべての者、と広範囲にわたっている。また日本国民でも米軍人である場合、または米国国籍をもあわせもち、米軍法に服し、かつ米国が日本に入国させたものである場合、米軍の裁判権に服することになっている。
    ロ 裁判権が競合する場合
    原則的な裁判権の取り決めは以上であるが、問題は裁判権が競合する場合、たとえば米軍人が日本の領域内で罪を犯した場合、それが日米双方の法令により罰しうるものであれば、日本も米軍もいずれも裁判権を行使する権利をもつ。このような場合についての取り決めがある。米軍人、軍属が犯した日米双方の法令違反にかかる罪のうちで、(1)もっぱら米国の財産・安全のみに対するもの、またはもっぱら米軍人、軍属、家族の身体、財産のみに対するもの、(2)公務執行中の作為または不作為から生ずるものは、米軍が第一次裁判権を有し、(1)(2)に該当しない罪については、日本が第一次的裁判権をもつことになっている。
    ここで一番問題となるのは、(2)の「公務執行中」の犯罪の場合である。犯罪の実行が、公務執行中か公務外かの判定により、裁判権を日米いずれが行使するのかが決定される。伊江島での米兵発砲事件は、この点が争点となった。合意議事録によれば罪を犯した米軍人、軍属の指揮官またはそれに代わるべき者が発行した証明書(犯罪が公務執行中に生じたものである旨)が、反証のないかぎり、十分な証拠となるとされる。反証がある場合、日米合同委員会の裁判管轄権分科会で審議・決定するが、しかし反証をあげるという事は容易ではない。米軍の内部問題にかかわることであるし、捜査段階での制約もあるので、結局米軍に有利に処理されることになる。したがって前述の証明書がでれば、検察側は起訴をみあわせるしかない。更には、先の米兵発砲事件では、沖縄県警は当該犯罪行為が公務外になされた点を立証し得ると主張していたが、日本政府は合同委員会でその点を主張し得ず、裁判権放棄を米軍に通告するという形で決着をつけた。これ以上紛糾するのは、日米友好上、好ましくないというのが理由であった。日本国民の権利を守らない日本政府の態度こそ問題である。
    この裁判権放棄という形態についても、地位協定一七条三項cにおいて取決められている。即ち、裁判権が競合する場合、第一次的裁判権をもつ国が、その裁判権を行使しないことを決定したときには、すみやかに他方の国に通知すること、また第一次的裁判権をもつ国は、他方の国がその裁判権の放棄を特に重要であるとして裁判権を放棄するよう要請した時は、これに対し好意的に考慮を払うことが取決められている。この規定に関する合意事項は、第一次的裁判権を行使しうる国が、一定期間内に起訴しなければ裁判権が移行するとしている。この起訴までの期間が短いことが、米軍人、軍属に対する起訴率が低い一因となっているといわれている。
    ハ 捜査
    米軍人、軍属、家族の犯罪について、それが日本法令に違反する限り、裁判権の第一次、第二次を問わず、刑事訴訟法の通常の手続にしたがって捜査できることは、当然のことである。地位協定では、日米双方は、逮捕、引渡し、捜査について相互に援助すること(五項a及び六項a)、裁判権を行使するすべての事件の処理について相互に通告すること(六項a)とし、相互の協力体制を確認したうえで、いくつかの取り決めをしている。
    日本当局が、米軍人、軍属を逮捕した場合その旨をすみやかに米軍に通告すること(五項b)、その場合米軍が第一次的裁判権を有する時は、その者の身柄を米軍に引き渡すこと(刑事特別法一一条)、当該犯罪が公務執行中か否か疑問であるときにも、その者の身柄は米軍に引き渡されなければならないこと(合意事項)、日本側が第一次的裁判権を有するときでも、その者の身柄を拘束する正当な理由、必要の有無につき直ちに決定し、その理由・必要のないときは、その者を釈放して米軍による拘禁に委ねること(合意事項)、となっている。
    それに対し米国側が米軍人、軍属を逮捕した場合には、日本が第一次的裁判権を有するときでも、当該米軍人、軍属が米軍により拘束されていれば、日本側でその者を起訴しない限り日本当局に引き渡されないこと(協定第一七条五項c)になっている。したがって米軍人らは犯罪をおかした場合、基地へ逃げ込むことだと互いに教えあっているといわれている。
    ニ 軍事警察権
    このような逮捕、捜査などは、通常日本が警察権を行使してやるわけであるが、米軍基地内には日本の警察権はおよばない。地位協定三条および一七条一〇項の規定がその事を明記している。即ち米軍の軍事警察権は、基地内において秩序・安全の維持を確保するためすべての適当な措置を執ることができる、とされ、したがって基地内での逮捕などは、米軍の同意を得るか、あるいは米軍に嘱託してでなければ、日本側独自ではできない。また米軍の財産についての捜査、差押などは、基地の内外を問わずできない。
    この軍事警察権は、基地外においては、日本側との取決めに従うことを条件とし、日本当局と連絡して使用されるものであり、その使用は米軍人の規律、秩序の維持のために必要な範囲内に限られている。
    したがって基地外には米軍の軍事警察権はおよばないことが原則である。MPが基地外で民間人に対し警察権を行使した事件があったが、重大な問題である。また基地外で、米軍の警察関係者が米兵に対し発砲する事件なども、厳格に規律されなければならない。なお、同項に関する合意議事録では、米軍は基地の近傍において基地の安全に対する罪の現行犯にかかる者を、逮捕できるとされている。
 
   【民事裁判権と損害賠償請求権(一八条)】
    イ 米軍関係者の公務上の不法行為によって損害を受けた場合
    日本国において、公務執行中の米軍人、被用者の作為・不作為または事故により、被害をうけた場合、日本の自衛隊の行動から生ずる請求権に関する法令にしたがって請求が処理される(五項)ことになっている。
    これをうけて米軍民事特別法が制定され、米軍人、被用者の公務執行中の不法行為につき、日本の国内法の規定を準用して、日本国が直接被害者に対して賠償責任を負うことになっている。日本が責任をもって解決する。この民事特別法の適用を受けるには、(1)不法行為が米軍人、被雇傭者によること、(2)公務執行中になされること、(3)故意または過失にもとづく行為であること、(4)違法性があること、が立証されなければならない。
    請求に対する支払いに要する費用は、次のように分担することになっている(五項e)。(1)米国のみが責任を有する場合、費用の二五パーセントを日本が、七五パーセントを米国が負担する。(2)日米いずれの責任か特定できない場合は均等に分担する。
    ロ 米国関係者の公務外の不法行為によって損害を受けた場合
    日本国内において、米軍人、被用者により不法の作為、不作為で公務外に行われたものから生ずる損害について、まず日本当局は、当該事件に関するすべての事情を考慮し、公平・公正に審査・査定をなし、報告書を作成し、その報告書を米軍に交付する。これをうけた米軍が慰謝料の支払いを申し出、請求者がそれを受諾した場合には、被害者に支払われる仕組みになっている。
    この場合、日本政府は単なる仲介人であって、米軍を拘束する決定をだす権限はない。あくまで米軍の意向をうかがって処理するやり方であるから、恩恵的なものとして慰謝料が払われるに過ぎない。
    ハ 見舞金制度
    このほかに「見舞金制度」というものがある。一九六二年「合衆国軍隊の行為等による被害者等に対する補償金の支給等に関する総理府令」において定められているもので、国が救済を必要と認めた場合に、見舞金が支払われる。たとえば、米兵等の故意、過失、違法性などが立証できない場合や、補償金や慰謝料の額について日米双方が大きく食い違いその支払いが遅れている場合などに、支給される。
    ニ 民事裁判権
    米軍人、被用者は、公務執行から生ずる事項については、日本の裁判権に服しない(五項f)。また、米軍による米軍のための資料、需品、備品、役務、労務の調達に関する契約から生ずる紛争については、合同委員会に付託することができるのみである(一〇項)。
    ホ 特損法
    基地による被害には、一八条や総理府令などによって救済されないものが多い。それは基地の存在そのものがひきおこす被害である。今まで述べてきた救済規定は、米軍人らの不法行為による被害に対するものであるが、現実には地位協定三条に基づく米軍の基地管理権を「適法」に行使するところから生ずる被害が数多くある。たとえば、基地の爆音等により、住民は多大な被害をうけている。基地周辺の風紀の乱れは、子供の教育に深刻な影響を与えている。これらの基地被害について、地位協定は何も規定していない。しかし各地で基地闘争が闘われてくる過程で、日本国に駐留する合衆国軍隊等の行為による特別損失の補償に関する法律(特損法)が制定され、救済がはかられている。
    しかし、この場合でも、受けた損害と、原因となる米軍の行為との因果関係の立証は、困難な場合が多く、また補償を受けるための手続が複雑になっていることもあり、十分な活用をみていない。この補償は全額日本の負担である。米軍民事特別法によれば、不完全ながらも地位協定の取決めにしたがい、米国に対し日本から求償権が行使されるが、しかし特損法によれば、すべて国民の税金により米軍の引き起こした被害に対して、補償がなされるわけである。
 
   【被害補償制度の確立】
    イ 現行の日米地位協定は、米軍の構成員又はその被用者が公務執行中に起こした不法行為や米軍が管理する工作物等の瑕疵によって被害が発生した場合については、日本国が米軍に肩代わりして被害補償を行うべき旨の規定を置いているが、公務外に起こした不法行為については、アメリカ合衆国や日本が被害補償責任を負う旨の規定を置いていない。
    即ち、米軍の構成員又は被用者が公務外に起こした不法行為については加害者個人の責任の問題だとする態度を採っている。
    ロ しかし、米軍は、日米安保条約に基づいて日本に駐留するものであり、米軍の構成員又は被用者の不法行為は公務外のものといえども、日本への駐留という職務を果たす過程で生ずるものであり、米軍の駐留に伴って発生する構造的・制度的なものというべきである。
    米兵は、職務を果たすため単身で来日し、日本での見るべき資産を保有しないのが実態であり、米兵の給与さえ差押さえができない。
    このような状況の下では、被害者が米兵個人を被告として裁判を提起して判決を得ても被害補償という目的を遂げ得ないものである上、米兵個人の移動を止めることができないため、米兵が国外に移動してしまうと米兵個人を被告として裁判をすることさえ困難となる。
    このような公務外不法行為の性格、被害補償の実態を直視すると、国民の被害を完全に補償し、人権を保障するという立場から、公務外不法行為についても制度的な被害保障制度を確立することが重要である(公務外不法行為については、一旦アメリカ合衆国及び日本国が加害者米兵個人に代わって被害者に対して完全な被害賠償を行い、その後、アメリカ合衆国が加害者米兵個人に対してアメリカ国にて求償をする等の制度が模索されてよい)。
 
   安保条約と地位協定
 
    基地の島沖縄。この言葉は戦後五〇年間、いや正確には半世紀を超える長い期間、現在まで沖縄が引きずってきた状態を端的に表している。それはそのまま沖縄の戦後の歴史と深く結びついている。第二次大戦末期には南方前線への基地、そして本土防衛の基地として機能した。沖縄戦が日本軍の敗北に終わるや今度は本土攻撃の基地となり、日本がポツダム宣言の受諾により終戦を迎えても、沖縄は基地から解放されることはなかった。米軍の戦時占領から、対日平和条約に基づく米国の統治へと形を変えても、米軍の占領下の基地という実質は変わらず、基地の縮小どころかますます機能を拡大させていったのである。朝鮮戦争の際にも米軍の出撃基地となり、またベトナム戦争では北爆の拠点基地として、兵士、物資を送り出し、B−52戦略爆撃機が出撃していった。
    米国の統治下における沖縄は、「東洋の要石(キーストーン)」といわれるように、米国の極東戦略上最も重要な基地としての位置付けがなされていた。米国の極東戦略を見据えた軍事優先政策の下で、沖縄住民の人権は色々な面で侵害されてきた。日本政府は「潜在主権」という言葉を使用しながら消極的な姿勢をとり続け、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を柱とする日本国憲法が適用されることはなかった。軍事優先の政策でなく、住民の意思の反映された政策がとられ、基本的人権が尊重されて、基地のない平和な暮らしができることを夢に見、日本に復帰することこそが、沖縄を「基地」から解放し、日本の平和憲法が適用されるための道であるとして、祖国復帰運動を展開してきたのだった。
    ところが、一九七二年五月一五日に米国の沖縄統治は終わったはずなのに、日本復帰は以後今日まで沖縄を「基地」から解放するものではなかった。たしかに復帰により日本国憲法が沖縄に適用されることとなったものの、復帰のずっと以前に日本は米国との間で安保条約を結び、米軍に基地を提供していた。また、「戦力不保持」
   の平和憲法の下にもかかわらず、自衛隊という軍隊を有し、その自衛隊は在日米軍と一体となって米国の極東戦略上の任務を果たすことになっていた。沖縄は復帰により、このような日米の安保体制に組み込まれ、日本政府は沖縄を米軍にそのまま基地として提供したことになる。沖縄が日本の領域になることにより、日本全体としてみれば米軍基地の総面積を格段に増加させ、基地機能を強化する結果になったのである。現在、沖縄県は、日本全体の米軍の専用施設(基地)の約七五パーセントを抱え、復帰前と変わらず、依然として米軍の極東戦略上重要な「基地」となっている。しかも湾岸戦争の前後から、「極東」は「アジア・太平洋地域」へと拡大され、「中東」を含む広大な地域の戦略拠点となっている。
    このように沖縄の米軍基地は復帰後もほとんどそのまま存続しており、基地から派生する様々な問題までもそのまま抱え続けて、住民の生命、財産、生活を相も変わらず脅かしている。さらに悪いことには、復帰前は基地問題が米軍の責任であるとして責任の所在がはっきりしていたものが、復帰後は日米安保条約に基づく米軍の駐留、つまり日本政府の積極的合意により米軍基地が存在することとなり、基地問題が米軍の責任なのか、日本政府の責任なのか、それとも双方に責任があるのか、どう責任を追及するのかといったような問題も出てきた。日米安保条約に基づく基地運営は、日米間の一定の取り決めに従ってなされているわけで(沖縄の米軍基地の運営もこの取り決めに従っていることはもちろんであるが)、その取り決めが地位協定なのである。
    地位協定の正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」であるから、地位協定は安保条約六条を具体化したものといえる。日本は一九五二年四月二八日発効のいわゆる対日平和条約の発効により、敗戦後の占領管理体制に終わりを告げたが、一方ではこの条約三条により、奄美・沖縄は日本から分断され、米国の統治下に置かれることになった。奄美は翌年復帰したが、沖縄はその後も引き続き計二七年間も米国に直接統治された。この平和条約と同時期に締結されたのが、安保条約であった。平和条約六条には、占領軍の撤退が義務づけられていたが、安保条約では改めて米軍が日本に駐留することを日米間で合意するとして、実質的に占領米軍の駐留継続を図った。この安保条約三条により、在日米軍の配備に関する条件は、日米両政府間の行政協定で定めるとされたので、日本の米軍基地は安保条約とそれに基づく行政協定により規律され、沖縄の米軍基地は米軍の直接統治という体制ができあがった。この(旧)安保条約は一九六〇年に改訂されたので、それに伴って行政協定を継承したのが地位協定で、現在、日本の米軍基地は(新)安保条約とそれに基づく地位協定によって規律されている。
    旧安保条約に基づく行政協定と、新安保条約に基づく地位協定とは、基本的性格にあまり違いはないが、行政協定に比べて地位協定は在日米軍が効果的に機能するために果たす日本政府の責任を増大させている。この日本政府の責任というものが、軍事上の責任の増大であるので、地位協定が基づいている安保条約自体が当然日本国憲法との関係で問題のあるものとなっている。米軍基地の存在を認める安保条約と、それに基づいて米軍基地の機能を保障する地位協定とによって、国民の諸権利が脅かされているのである。また地位協定を受けて多くの特別法が作られ、種々の例外領域が生み出されており、さらには地位協定に関する合意議事録や日米合同委員会での地位協定実施取り決めなどの地位協定に基づく下位の法的文書により、米軍に特権を与える法体系が存在することがまさに地位協定の本質に関わる問題である。
    地位協定において、個々の基地に関する協定は、日米合同委員会を通じて両政府が締結するとなっているので、具体的に在日米軍基地の提供が国民の人権を尊重する形でなされているかどうかは、日米合同委員会の運営にかかっていることになる。しかし、国民の権利や日本の主権に関わる基本的問題を一行政機関にすぎない日米合同委員会で扱って良いのだろうか。
    また、日米合同委員会の合意といっても、日本政府がこれまで米軍優先の方針を採っているので、対等とは名ばかりで実際は米軍の要求が通っているのではないかという問題もある。
   「日本の領域には、日本法令が適用される」という国家主権の当然の原則からすれば、地位協定の取り決めは、この原則に対し、基地管理権を米軍に与えることにより、例外を認めている。この例外は絶対的なもので、米軍の基地管理権は、その不法な行使についてまでも容認されているのだろうか。基地を日本法令の適用されない治外法権の租借地とするのが地位協定の趣旨なのか。
    地位協定では、米軍人等の日本法令尊重を義務づけているので、たしかに広範囲にわたる基地管理権を認めているが、原則的には日本法令に従って行使することが要請されている。それ故、具体的に米軍の権限行使が協定違反になった場合、あるいは不法な場合、その措置について協定などで特別の取り決めがなければ、日本法令によりチェックされるべきである。したがって、本来ならば、日本政府は地位協定を厳格に適用し、基地公害などに対し適切な規制措置をとらなければならない。ところが日本政府は米軍の基地管理権をもっぱら重視し、日本国民の生命の安全をはかるという第一義的な任務を放棄しているのが現状である。
    このように、日米両政府の「合意」というものは、米軍優先の下で生み出されており、日本政府は、平和憲法に基づき国民の権利を守るという積極的姿勢を採らず、日本及び極東の安全のために米軍を最大限に尊重する方針を採っている。その結果、復帰により、法制度は変わったものの、米軍の政策が優先されるという実体は何ら変わっていないのは、沖縄県民の目には明らかである。特に今回の事件がこれ程まで大きく取り上げられ、沖縄県民の憤りが爆発しているのは、地位協定の内容以上に、さらに根本的なレベルで解決すべき問題が含まれていることを示しているといえよう。地位協定の内容がどのように改訂されようと、外国の軍隊の駐留を認めるかぎり、すなわち米軍基地が日本にあるかぎり、この問題は根本的な解決を見ないであろうし、平和憲法との関わりで問題を引きずり続けるであろう。
 
    結び
 
    このように地位協定は、それ自体問題の多いものである。それ以上に、日本政府の態度により過度に米軍の特権が認められている現状を指摘しないわけにはいかない。
    ところで、復帰以前の沖縄の基地は、沖縄全域が米軍の統治下にあることによって維持されてきた。一九七二年五月一五日の復帰の際、沖縄返還協定は次のように定めた。その一条において、平和条約三条に基づく米国の権利を放棄させ、日本が沖縄の統治権を行使すること。二条で、日米国で締結した条約及び協定は沖縄にも適用があること。三条で、沖縄の施設・区域を米軍に提供すること。即ち、米軍統治下の基地は復帰により消滅したが、あらためてこの沖縄返還協定三条によって、安保条約、地位協定に基づく基地提供を行うことを約束したのである。
    復帰に際して、沖縄基地を従来通り存続させようとするこの日米両政府の態度は、その他多くの深刻な問題を復帰後の沖縄に残し、今日にいたっている。
    日本政府は、憲法に基づき沖縄県民の権利を擁護する方向をとらず、日本及び極東の安全のために、米軍権力を最大に尊重する方針をとり続け、その結果、復帰により法的システムは変わったが、米軍の要求が優先されるという面では従前と変わらない。
    結局、基地問題の最終的解決は、基地がなくなる以外にはない。地位協定をどのように解釈しようとも、外国の軍隊の駐留を認める限り、その軍隊に何らかの特権をあたえることは軍隊の性格上、不可避的である。
    日本国憲法は一切の戦力の保持を禁止して軍事にかかわることを全く予想していない。地位協定と共に安保条約を廃止する以外に、日本国憲法の原則とそれに基づく法律の適用を確立する道はない。