<労働判例研究> −06.11−
三都企画建設事件 大阪地裁平成18年1月6日判決 労働判例913号49頁
…派遣先のクレームを受けて交代・解雇された登録型派遣労働者の地位と賃金・休業手当

北海道大学労働判例研究会 斉藤善久(北海道大学法学部助手)

<事件の概要>
Y社は土木建築工事の設計監理にたずさわる労働者を無許可で派遣する有限会社である。Xは一級建築士、一級土木施工管理技士および一級建築施工管理技士の資格を有し、土木施工管理技師としてY社に登録していた。
Xは、Y社−A社間の「業務協力基本契約」に基づいて、約4ヶ月間の契約で水道工事の施行管理のために派遣されたが、A社は約1ヶ月が経過した時点でY社に対してXの交代を要請した。
これを受けて、Y社は、Xに交代を命じて解雇し、代わりの労働者を派遣した。Y社側は、クレームの内容はXがパソコンを持参しなかったことであったとするが、具体的な問い合わせは行っていない。
 本件は、XがY社に対し、本件解雇の無効を主張し、残期間に支払われるはずだった賃金の支払い、もしくは労働基準法26条に基づく休業手当の支払いを求めて提訴したものである。
※実際には事案、請求内容とも、もう少し複雑だが、概略以上のような事案と理解して差し支えない。


<裁判所の判断>
 裁判所は、Xの就労は労働者派遣契約に基づくものだったとの前提に立って、以下のように判断した。
@Y社−A社間の契約内容に照らせば、A社がXの交代を要請できるのは契約書所定の事由の存在を理由とする債務不履行(不完全履行)がある場合に限られると解されるから、X−Y社間においても、Y社が主張するように「派遣先から交代要請があった場合は理由を問わず交代し、残期間の給与は支払わない旨の合意があった」とは認められない。
AXの勤務状況がY社−派遣先間の契約内容に照らして債務不履行(不完全履行)となる場合において、派遣先が交代を要請したときは、Xは交代を余儀なくされ、Y社との雇用契約も終了し、残期間の給与は請求できないと解するべきである。しかし、本件事案においてY社はクレームの内容を問い合わせておらず、Xの勤務状況がY社−A社間の契約内容に照らして債務不履行に該当するものであったかどうかは不明である。したがって、X−Y社間の雇用関係が終了したということはできない。
Bしかしながら、実際問題として、Y社としてはXの勤務状況について派遣先の主張を争うことは極めて困難であり、また、交代要請を拒絶して派遣代金の請求をするか否かを判断することも困難である。そうすると、Y社が交代要請に応じたことによってXの就労が履行不能となった場合は、特段の事情のない限り、(Xの勤務状況がY社−派遣先間の契約内容に照らして債務不履行に当たると言えない場合でも)XのY社に対する賃金請求権は消滅すると言うべきである(民法536条2項の適用はない)。
Cただし、このような場合、XはYに対し、休業手当(労基法26条)の支給を求めることができる。

<検討>

 本判決は、Y会社に対し、Xの解雇は無効だが残期間について賃金は支払わなくてよく、ただ休業手当(賃金の6割相当額)は支払うべきとした。契約当事者間の危険負担について民法536条2項が規定する「債権者(この場合、雇用主たるY社)の責めに帰すべき事由によって債務(この場合、労務の提供)を履行することができなくなったとき」には当たらないが、労基法26条にいう「使用者の責に帰すべき事由による休業」には該当すると判断したわけである。
 一般に、労基法26条は民法536条2項よりも適用される使用者側の帰責事由の範囲が広いとされている(ノース・ウエスト航空事件最高裁判所第二小法廷判決)。そのため、民法536条2項の適用が否定されても労基法26条の適用は肯定される場合が稀にあり、本判決もその例の一つである。
問題は、本件について民法536条2項の適用を否定した本判決の妥当性である。同条同項の「責めに帰すべき事由」とは「故意、過失または信義則上これと同視すべき事由」であると理解されている。では、Y社が具体的な調査や異議を行わないままクレームに応じ、Xを解雇したことは、「故意、過失または信義則上これと同視すべき事由」に当たらないと言えるだろうか。
 競争の激しい派遣業界にあって、派遣業者が顧客である派遣先に交代要請の理由をたずねたり、拒否したりすることが困難であるという事情はよく分かる。しかし、それは、派遣業者が自ら負うべき経営上のリスクであると言うほかない。Y社はクレームに応じてXを交代させる場合でも、Xに相応の落ち度が認められない限り、契約期間中の賃金を保障するべきである。本判決は、このようなリスクの一部を派遣労働者に転嫁することを許したものであり、到底容認できない。
 労働者派遣の現場では、本件のような形で登録型派遣労働者が解雇される例が珍しくない。本判決ですら派遣業者にとっては脅威だという声もある。本件は、労働力が商取引の対象とされる労働者派遣という労働力利用形態について、労働者保護の観点から根本的な再考が必要であることを痛感させるものである。


※ この判例研究は北大の道幸研究室の協力により、毎月1回掲載されます。