<労働判例研究> −06.08−

モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド(超過勤務手当請求)事件
東京地方裁判所平成17年10月19日判決 労判905号5頁

北海道大学社会法研究会
 戸谷 義治

【はじめに】
 本件は、外資系証券会社に勤務していた原告が早朝会議の時間について時間外割増賃金を求めた事案である。判決は、当事者の認識や原告の就業形態、賃金が高額であることなどから時間外割増賃金等は基本給の中に含まれるとし、また労基法37条にも反しないとして、請求を棄却した。
 どの部分が割増賃金か明確でなくても許されるとする裁判例は極めて珍しい。ホワイトカラー・エグゼンプションの議論とも相俟って、今後このような労働者の働き方の問題は更に大きなものになると思われる。

【事案の概要】

 原告Xは平成10年、被告Yにプロフェッショナル社員として入社した。Yの就業規則では、勤務時間は平日の午前9時から午後5時30分(休憩1時間)とされ、またプロフェッショナル社員については超過勤務手当についての規定はない。Xの賃金は、業績等に基づいて年次総額報酬が決定され、そこから年間基本給を差し引いた額がボーナスとなるという方式で年度ごとに計算され、入社初年度に約88万4800米ドル、その後も少ない年でも30万米ドルを得た。
 Xの所属していた外国為替本部では平日午前7時30分頃から、C為替本部長の下でミーティングを開いていた。Cは、ミーティング参加の外は勤務時間・態様について何ら指示を出さず、Xは自己の判断で勤務していた。
 Xは平成16年4月、懲戒解雇された。
 以上において、Xが平日の午前7時20分から9時までの間、会議出席のため超過勤務をしたとして、超過勤務手当等の支給を求めた。

【判旨】

請求棄却
 原告は所定時間外労働をすれば超過勤務手当が発生することを知っていたのに何ら異議を述べていないこと、入社時のオファーレターに超過勤務手当の記載はないこと、給与が高額であること、原告は自分の判断で営業活動や行動計画を決め,被告は何らの制約も加えていないこと、外資系インベストメントバンクにおいてはプロフェッショナル社員に対して所定時間外労働に対する対価も含んだものとして極めて高額の報酬が支払われるのが一般的であることなどから、原告が所定時間外に労働した対価は基本給の中に含まれていると解するのが相当とした。
 そして、原告の給与は会社にどのような営業利益をもたらしたのかによって決められていること、そもそも労働時間の把握することが困難であること、原告は年次総額報酬以外に超過勤務手当が支給されるとは考えていなかったこと、高額の報酬を受けており超過勤務手当を基本給の中に含めて支払う合意をしたからといって保護に欠ける点はないことが認められ、基本給の中に所定時間労働の対価と所定時間外労働の対価とが区別がされることなく入っていても、労基法37条の制度趣旨に反することにはならないとした。

【検討】

 労基法は使用者に対し、原則として労働者に1日8時間、週40時間を超えて労働させることを禁止し、例外的にいわゆる三六協定によってこの時間を超えて労働させることを許容しているが、このような超過労働に対しては割増賃金を支払わなければならないとしている。労働者に対する補償を図るとともに、間接的に過重な労働を抑制するためである。
 時間外労働については通常賃金の2割5分増を支払うべきとされるが、判例は当事者に合意があり、通常賃金部分と割増部分とが区別可能で、割増部分が労基法の定める基準を満たしていれば、労基法の定める以外の方法(固定給としての支給や基本給に含めた支給等)も適法としている。
 本件の場合、通常部分と割増賃金との区別は不可能で、判決のいうような賃金の高さなどは判例の示す基準を満たさないことが許される理由にはならない。しかし、会議の時間が常に一定で原告の総報酬額を割増率2割5分で割戻すことで区別可能になるといえ、結論としては判決は支持できる。
 ただ、本件の原告のような労働者は労基法がもともと保護対象として予定していた労働者とは状況が大きく異なる。勿論、直ちにそのことによって労基法の適用を排除するようなことは許されないだろうが、その労働者性は問題となろう。特に、ホワイトカラー・エグゼンプションの議論もなされている昨今、更に大きな問題となるものと思われる。


※ この判例研究は北大の道幸研究室の協力により、毎月1回掲載されます。