<労働判例研究> −06.05−

国(金沢労基署長)災害調査復命書提出命令事件
最高裁三小平17.10.14決定 労判903‐5
二審=名古屋高裁金沢支部 平17.3.24決定(一審決定取消)労判本号11頁
一審=金沢地裁 平16. 3.10決定(文書提出命令)労判本号14頁

北海道大学労働判例研究会
湊  栄市(北海道大学大学院)

【事実の概要】

本件は、労働基準監督署が労災事故につき、作成・保管する、「災害調査復命書」が、文書提出命令の拒否事由たる民訴法220条4号ロ所定の「公務秘密文書」に該当するか否かが争われた事件である。
本件の本案事件は、Xら(抗告人・被害者の両親)の子が本件事業場において就業中に本件労災事故に遭って死亡したとして、安全配慮義務違反等に基づいて損害賠償を求める事件である。Xらは、本案事件において本件労災事故の事実関係を具体的に明らかにするために必要であるとして、民事訴訟法220条3号又は4号に基づき、国(Y)に対し、本件労災事故の災害調査復命書である「本件文書」の提出命令の申立てをした。
 これに対し、Yは、「本件文書」は民訴法220条4号ロ所定の文書に該当し、これを提出すべき義務を負わないと主張した。一審は本件申立てを容認したが、二審は一審決定を取り消し、本件申立てを却下した。

【裁判所の判断】

 現決定を破棄し、名古屋高等裁判所に差し戻した。本決定は、「公務員の職務上の秘密」には、公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく、公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって、それが本案事件において公にされることにより、私人との信頼関係が損なわれ、公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれると判示した。また、公務員の職務上の秘密には、公務員が職務上知りえた私人の秘密も含まれるが、職務上の秘密に当たるのは、公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものに限られることを明確にした。
次に本決定は、220条4号ロの「その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」の意義につき、単に文書の性格から公共の利益を害し、又は、公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるというだけでは足りず、その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であることを明確にした。
また本件では、新たな枠組みとして災害調査復命書を、@調査担当官が知りえた会社にとっての私的な情報と、A行政内部の意思形成過程に関する情報の、二つに分け、いずれも4号ロの「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たるとしながら、@については申立てを認め、Aについては否定した。

【検討】

 男女差別や組合間差別などの訴訟では、労働者側が立証責任を負うことになるが、申立てにかかわる主要な文書を所持しておらず、立証することは難しい。労働者側は日常的に作成文書の存在、内容等に関心を持ち、調査・保持できればいいのだが、国や企業側の壁は厚く、関係文書を揃えることは困難な作業である。
本決定において、今まで、ほとんど民事訴訟に提出されることのなかった労働基準監督署の保管する災害調査復命書の提出を、一部ではあっても、その開示範囲を示し、認めた意義は大きい。特に、「調査担当官が知ることのできた『本件事業場の安全管理体制、本件労災事故の発生状況、発生原因等』の、被告会社にとっての私的情報」にかかわる部分が、民事訴訟法4号ロ所定の文書「公務員の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、または、公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」、の公務秘密文書に該当しないと判断したところは、今後の労災民事賠償訴訟に与える影響は大きいものがあると思われる。
本件決定において開示の一般的基準が示されたことにより、今後、文書の開示範囲が具体的に明らかになり、行政の保有す情報公開が拡大していくことが期待される。


※ この判例研究は北大の道幸研究室の協力により、毎月1回掲載されます。