<労働判例研究> −06.04−

ジャージー高木乳業事件
平成17518日名古屋高等裁判所金沢支部判決(労働判例90552頁)

北海道大学労働判例研究会
南 健悟(北海道大学大学院)

【事実の概要】

 被告Y(控訴審で死亡、相続人が訴訟承継)は牛乳製造販売会社の代表取締役で、原告Xらは、当該会社の解散に伴って従業員を解雇された者である。雪印乳業食中毒事件以降、牛乳の再利用が問題視されていたが、本件会社の従業員が取引先から回収された牛乳を再利用したために食中毒事件を発生させ、会社の業績が悪化し、会社が解散に追い込まれた。そのため、解散に伴って解雇されたXらが代表取締役Yに対して、商法266条の3(取締役の対第三者責任)に基づき損害賠償請求をした事案の控訴審判決である。

【判旨】

 Yには、代表取締役として違法な再利用が行われないようにするための適切な措置(牛乳等製品の再利用に関する取扱基準の策定、従業員に対する牛乳の再利用に関する教育・指導等の徹底等)を講じて、法令を遵守した業務がなされるような社内体制を構築すべき職責があった。それにもかかわらず、Yはその任務に違反しており、この任務懈怠における過失は重大であった。そして、その任務懈怠と従業員の損害に相当因果関係があるので、YXらに対して損害を賠償する責任を負うとされた。

【検討】

 最近、従業員の違法行為によって会社に損害が生じる事件がしばしば報道される。本件でも、会社の従業員が取引先から回収してきた牛乳を再利用し、食中毒事件を起こしたために、会社が解散に至った。そして、解散に伴って解雇された従業員らが商法266条の3に基づいて会社の代表取締役に対して損害賠償請求したという珍しい事案である。商法266条の3は、取締役が会社に対する任務を怠ったことにより第三者に損害を生じさせた場合は、その取締役は第三者の損害を賠償しなければならないと規定している。本件では、代表取締役Yに法令遵守体制を構築する義務があったにもかかわらず、その義務を怠ったことで結果的に牛乳の再利用が行われ、それが会社の解散につながり、従業員に損害が生じたということで裁判所はYの責任を認めた。

 一般的に商法上、取締役には従業員が違法・不正な行為をしないように監督する義務があると解釈されている。ただ、取締役はどの程度部下である従業員を監督すれば、その義務を果たしたと言えるのだろうか。これはかなりの難問である。特に、大規模な会社の取締役は四六時中個々の従業員を監督するのはほとんど不可能だからである(例えば、上場企業等だと取締役30人に対し従業員は3万人程度おり、一人一人監督するのは物理的に不可能であろう)。そこで提唱されたのが、取締役は会社内に法令遵守体制を構築し、その体制がきちんと運営・維持されていれば取締役は監督義務を履行したとする考えである。昨年新しく成立した会社法でも一定規模の会社の取締役にそのような体制を構築するよう義務づけた。その影響で書店でも「内部統制システム」とか「コンプライアンス体制」というタイトルの本をよく見かけると思う。

 本件では、取締役が上記体制を構築しなければならなかったのにそれを怠った、と認定されている。本件会社は、取締役が3名で従業員数も50名程度の比較的小規模な会社であった。従来の裁判例では、大和銀行のような大規模会社に上記体制構築義務を認めたことはあるが、このような小規模な会社に事業内容を考慮に入れてその義務があると判断した事例は他にない点で、非常に興味深い。しかし、一口に法令遵守体制構築義務と言っても、実際どのような体制を構築すべきかについては、ある程度取締役の裁量に任せられている。自ら経営する会社の事業内容・規模等に応じてその体制の中身をきちんと検討しなかったり、一応その体制を構築したものの、それがずさんであったりするような場合には、従業員の違法・不正な行為の責任が取締役に及ぶ可能性は大いにあるのである。


※ この判例研究は北大の道幸研究室の協力により、毎月1回掲載されます。