<労働判例研究> その5 −06.02−

モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド(本訴)事件
東京地判 平成17年4月15日 労働判例895号42頁

                北海道大学労働判例研究会
                大石 玄(北海道大学大学院 法学研究科 博士課程)

〈事実の概要〉
 被告Y社は,有価証券の売買等を目的とする会社。原告Xは,Yの従業員であった金融アナリスト。
 XはY社においてフラット為替(包括的長期為替に同じ)の販売に従事していたが,日本公認会計士協会が発表した「包括的長期為替予約のヘッジ会計に関する監査上の留意点」により,その販売に困難を来すようになった。そこでXは『週刊東洋経済』に『企業のリスクヘッジが阻害されている』と題する論考を連名で投稿し,ロビー活動を展開した。さらにXは,協会を相手取って個人として訴訟を提起し,慰謝料141万円を請求した(以下,別件訴訟という)。
 それを受けてY社は,Xに対し譴責処分を行った。その理由は,別件訴訟を提起する前に直属上司Aまたは法務部に相談することを怠ったのはY社の「行為規範」に違反するというものであった。そして,Y社はXに対して自宅待機を命じるとともに,別件訴訟の提起によりY社の名声等に対し有害な結果をもたらすものであるとして,別件訴訟を取り下げるよう文書で命令した。Xはこれに応じないことを明言したため,YはXを懲戒解雇し,解雇予告手当として年俸の12分の1(183万3,333円)を支払った。その後にYは,本件懲戒解雇が無効である場合には,予備的に普通解雇する旨の意思表示を行った。
 本件は,当該解雇の無効確認を求める訴えである。会社側は16項目に渡って懲戒解雇の理由付けを行ったが,その中心を為すのは,Xが訴訟の取り下げに応じなかったことである。

〈裁判所の判断〉
懲戒解雇は無効:
 「別件訴訟の原告は,X個人であってYではないから,形式上は,X個人の行為である。」「Xは,Yから別件訴訟の取下げを命じられたとしても,これに従う理由はな」い。普通解雇は有効:
 「Xは,本件留意点に関する一連の行動として,12に及ぶ非違行為を反復継続して故意又は重大な過失に基づいて行ったもので,規律違反の程度は重大であり,自己の意に沿わない上司の指揮命令には服さないというXの姿勢は顕著かつ強固であるといわざるを得ず,このことは,Xが,上司であるC本部長やB弁護士を小馬鹿にしていることからも明らかである。そうだとすると,従前のXの勤務態度に問題がなかったとしても,これら12に及ぶXの非違行為によって,原被告間の信頼関係は,既に破壊され,それが修復される可能性はないといわざるを得ない」。「よって,本件普通解雇は有効である。」

〈検討〉
 キレ者の労働者が単身,業界団体を相手に立ち向かう。火の粉が飛んでくるのを苦々しく思う会社は,懲戒権を振りかざして労働者の動きを封じようとする―― ドラマになりそうな構図であるが,このような労働事件はあまり例がない。
 本件の原告労働者は金融派生商品(デリバティブ)取引に従事し,年俸2,200万円を得ていた。高度に専門性を有する業務に従事する労働者が,会社の思惑とは異なる行動を取ったため,外部の第三者との関係で利害が対立したものである。
 懲戒解雇についてであるが,使用者が従業員に対して訴訟の取り下げを命じることはできない,と裁判所が判断したのは妥当であろう。
 問題は,普通解雇の可否である。職務遂行能力が欠如しているわけではないのに,軽微な過失を積み上げることで普通解雇を正当化するという判断手法は妥当とは思われない。むしろ普通解雇の適否(すなわち,どのような者に仕事を任せるか)の判断にあたっては,「業界団体を相手に裁判を起こすような労働者を雇い入れるわけにはいかない」という使用者の意向を正面から捉えて検討すべきであったと思われる。


その5 以上

※ この判例研究は北大の道幸研究室の協力により、毎月1回掲載されます。