<労働判例研究> その2 −05.11−

宣伝会議事件

北海道大学労働判例研究会 三浦保紀
北海道大学大学院法学研究科博士後期課程

東京地裁平成17.1.28判決 労働判例 890号 5頁、労経速1907号 6頁
                 
<事実の概要>
 原告は被告会社への採用内定当時は大学院生であり、被告会社の内定者懇談会や入社前研修会に参加していた。しかし、その懇談会や研修ではレポートや課題が多数課せられ、原告の研究に支障をきたすようになった。具体的には、採用(平成15年4月1日)前には博士論文の完成と審査終了が予定されていたが、研修会での課題に追われ負担となっていた。被告は採用前の直前研修(3月26日から29日)に参加するようもとめ、原告は3日間のみ出席した。被告会社は研修が遅れているとして、試用期間の延長か、博士号取得後中途採用試験を受けなおすか、を選択するよう原告にもとめたが、原告はいずれも拒否した。
 被告会社はこれをもって内定辞退であると主張し、原告は内定取消しであると主張し、違法な内定取消しによる逸失利益として、賞与を含む1年分の給与と慰謝料200万円と弁護士費用を請求した。

<裁判所の判断>
 新卒採用者の「内定段階における生活の根拠は、学生生活にある」。本件のように「効力始期付の内定では、…入社前の研修等を業務命令として命ずる根拠」はなく、あくまで使用者からの要請に対する「内定者の任意の同意に基づいて実施されるべきもの」である。
 また、このような研修で内定者の「学業を阻害してはならないというべきであり」、「内定取消しはもちろん、不利益な取扱いをすることは許されない」。
 「被告は、内定者に対して、違法な内定取消しを行わないよう注意すべき義務を負っているにもかかわらず、これを怠ったものとして、債務不履行(誠実義務違反)に基づき、…原告の損害を賠償すべき義務を負う」。
 裁判所は以上のように判示し、賃金1ヶ月分と慰謝料50万円、弁護士費用10万円の支払いを被告に命じた。

<検討>
 現在の就職最前線は、大学3年生の後半から企業訪問が盛んにおこなわれ、4月ころからボツボツ「採用内定」や「内々定」が出始める。本件は採用内定をめぐる裁判であるが、以前から採用内定とは法律的にどういう意味があるのかが争われてきた。リーディングケースとされている大日本印刷事件最判(最高裁第二小法廷昭和54年7月20日判決)では、「一義的に論断することは困難」としながらも、会社の募集を申し込みの誘引、応募は労働契約の申し込み、内定通知は承諾として、一応労働契約が結ばれているものと判断している。ただし、「はじまりの時期が指定」 され、その間「会社に解約権が留保されている」という条件がついているものと理解されている。
 いっぽうで、企業としては学校卒業後即戦力として第一線で働いてもらいたいがため、研修やレポート、ホームワークが課せられる。実際にあった事例では、金融機関に内定した学生にトレーニング用の紙幣が送られて、就職までに正しくカウントできるように課題が与えられた。また、採用の直前には前倒しで企業研修への参加が組み込まれている。大学の卒業式と研修会がぶつかった学生は、卒業式だけ何とか参加し、謝恩会をキャンセルせざるをえないハメになった。

 はたして内定期間中の研修会参加は義務なのか。この点では、「内定期間中は労働契約は成立しているがその効力は入社日まで発生しない。したがって研修への参加や報告書提出の義務を負わない」という考え方(効力始期付労働契約説)と、「労働契約の成立によりその法的効果は発生する。研修への参加は義務である」という考え方(就労始期付労働契約説)に大別される。
裁判所は本件契約を、「効力始期付」として判断している。その理由として、新卒採用者の「内定段階における生活の根拠は、学生生活にある」 をあげることができるであろう。その結果、事前研修はあくまで任意の同意にもとづくものであり、「学業への支障などといった合理的な理由」がある場合は、参加義務を免除しなければならないとしている。
 参加を強制するなどあまりにも理不尽な内定者への拘束に対する警告と受け止められよう。

その2 以上

※ この判例研究は北大の道幸研究室の協力により、毎月1回掲載されます。